プロレスラーの子供はピアニストになれるか!?

私は高校生の頃、実は大変なプロレスマニアでして、そりャあもうプロレス番組は全て見て研究していました。

その入れ込み様と来たら、なんたって当時の高校の体育の先生が「プロレスはショーです!」と断言していたのですが、その当時は「んなわけねえだろ!」とクラスのプロレスファン(当時、クラス男子のほどんどが全員プロレスマニアだった)のみんなで真剣に思っていたものでした。

さて、この頃ラッシャー●村といっしょに悪役レスラーとして名高いレスラーの一人に「●ニマル浜●」がいたのを良く覚えている。

実際、相模原総合体育館に興行として来た時にも、チケットを買ってリングのまじかでパイプ椅子を凶器にリングに上がっていた本人を見たものだった。

あれからかなりの年月がたっていたが、ななんと!あの●ニマル浜●の娘がオリンピックに出場とは!!

思わずオオ!と胸が熱くなったものだが、ここではたと思ってしまった。

男ならまだしも、女でレスラーとはすごいものだ。通常娘なら親の仕事を継ぎたくないと思うものだが、可愛い中学娘が涙を流しながら「絶対レスラーになってやる!」とは驚いた。

やはり親の血には逆らえないという事か?しかし、●ニマル浜●がもし、卓球選手だったらやはり娘は卓球選手だったのだろうか?

ということは愛ちゃんがレスラーというパターンもあったかもしれないという予測もできるのだが、(本当は室伏ファミリーがレスリング一家という方が何となく向いている気がする)それでも、子どもがプロになるほどまでに教育することの難しさは、こういう親にとってはそれほど難しくないことなのだろうか?

ただでさえ、わが子をピアニストに、と思う親の考えとは裏腹に全然ピアノに集中しない子供を持つ親、そして先生から見ればうらやましい限りである。

プロフェッショナルがわが子をさらにプロにする・・・そこに何か指導秘密でもあるのだろうか?それともDNAのなせるわざなのか?

ここで不思議に思うことは、もしもDNAでないとすれば、親の影響がかなり子供に与えるということである。子供は親の影響を大きく受けて育つ。

でなければ、プロレスラーの子供がレスリングを目指すわけがない。

親が何を持って子供に習わせるか?ここにはものすごい影響が左右されるというわけだ。逆にいえば、本当は、その子にあったものがなんなのか?ということよりも、その親が何のエキスパート、もしくは何の趣味があるかで子供の特技が決まってしまう可能性があるということではないだろうか?

所詮、人間は後天的な影響を受けやすい動物なのかもしれない。

しかしその一方で、そうは簡単にいかないこともあるだろう。

事実、私の親は兄弟3人に平等にピアノを習わせたものの、上の兄は3ヶ月、下の弟は半年しか持たず、その後、二人ともピアノには全く興味を示してはいない。

親の影響とは裏腹に、子供がどう考えるか?子供が示す興味もまちまちだということだろう。

もう一つ、非常に気になることは、何かの天才的エキスパートは先天的な闘争本能とか、探究心とか、集中力とか、発明力というものを持っている気がする。

なんとなく、それは言い換えれば、生命力の様な気がする。

事実、世の中「こいつ天才だなあ」とか「この人すごい!」と思う人は、ものすごい生命パワーを感じることが多い。このパワーこそが、私が生徒達に持ってほしいものなのである。

言い換えればピアノにおいては「探究心」だろうか?もしくは「欲」や「自分がスターになりたい」という欲望である。しかし、私や親の意向とは裏腹に、生徒自身、良い素質を持ちながら、それを十分生かしきれていない生徒のなんと多いことか・・・

もちろん、自分もえらい事は言えない。細●数子が「男として生まれたなら、天下を取ってみなさいよ!」といっていたが「俺にやー無理だよ」と思ってしまったものだ。

何かを極めるにはそれなりのエネルギーが要る。

やはりそこには何がしかの突然変異なる強靱なDNAが必要なのだろうか?

話は変わるが、もし●ニマル浜●が実はピアノ好きで娘にピアノを習わせていたら、あの闘争本能の強いDNAを持つ娘はコンクールを勝ち抜く強靱なピアニストになっていたのだろうか?

仮になっていたとしても、なんとなく過激な演奏をするピアニストになっていた様な気がする。そしていつものように楽屋では親が気合いだの何だの大声を出していたのだろうか?

さて、今日は大晦日である。心待ちにしてたK1大晦日試合がある。

プロレスの様なわざの見せあいとは違い、真剣勝負で一発勝負かつ、ダイナミックなK1はやはり良い!

私の中にある格闘技に対しの燃える様な興味は、やはり私自身のDNAのなせるわざであろうか?


プロレスラーの子供はピアニストになれるか!?〜早期英才教育について〜

日本や韓国では今や、英才教育が盛んと聞く。確かに日本でも、教育においては幼児から盛んに行われています。

やはり、●ニマル浜●の娘や、愛ちゃんなども、おそらくは子供の頃から親のスポーツに接してきた事は間違いないでしょう。

しかし、はたして早期英才教育は必要不可欠なものなのだろうか?

この答えは、イエスでもあり、ノーでもあると思います。

確かに子供の頃から良い教育を受ける事はその後の進歩に大いに貢献する事は間違いないです。事実、ピアノの世界では幼少の頃に間違った教育を受けてそれを大人の時になって直される事に苦労を強いられる音楽家は多い。

しかし、良い英才教育だけで良いピアニストが育つわけではない。

そこにはもちろん、良い教育も必要ですが、一番肝心なのは本人の強い向学心だろうと思うのです。

たとえば、親の反対を押し切ってでも、野球選手をめざす、サッカー選手を目指す、画家を目指す、ニューハーフを目指す(これは関係ないか・・・)と現在様々な世界で活躍している人に、おそらくそういう人はいたはずです。

親に逆らってでも・・・そういう本人の強い意志とエネルギーがあれば、どんな事でも、その時から頑張れば成就できるでしょう。

逆に言えば、本人の強い意志が、幼少から出てくる子供は非常に可能性が高いだろうと思うのですが、一般には将来何になりたいかという意志決定はおそらく中学生になってからでしょう。そして中学生になるまでにできれば、基礎力をつけるためにも良い英才教育は必要だとは思うのですが、まあ人間、自らの強い意志と向学心があれば、多少の遅れは数年で取り戻す事ぐらい、なんて事はないかもしれません。

ただし!その時に大事な事、それは(どんな世界でも同じだと思うのですが)先生から教えてもらおうとするのではなく、自分から技を盗む貪欲さだと思うのです。

そういう図々しい根性や貪欲性のあるものでなければ、プロやそれに近い存在にはなれないのではないかと思うのです。

なんかどっかのプロ野球選手が言っていましたが、「プロが家庭と仕事、どちらを取るかと聞かれたら、プロは迷いもせずに仕事!と即答できない奴はプロにはなれない」とか言っていたと、かみさんに言ってトイレ掃除を免除してもらうのは・・・やめといたほうがいいでしょうね・・・。まあどちらにしても、音楽への興味が貪欲で、音楽中心に自分が形成されていなければ、劇的な上達は難しい。

結局は、良い英才教育も大事なのですがそれよりも本人が興味を示したり、その土台となる関心を育てる事、つまり、環境でしょうか?そちらの方が意外と大事なのかもしれません。

もしも、英才教育が一番大事な土台だとしたら、日本と韓国は世界を代表する音楽国家であったはずです。しかし、残念な事に未だにヨーロッパには歯が立たない。

早期英才教育はあくまでもお膳立てを親がするだけの事。あとは本人が大人になった時にどう考えるか?だと思います。

ところで話は戻って、プロレスラーの子供はピアニストになれるか?ですが、なれるかではなく、なったらヤバい事がありそうな気がします。ピアノが思うように弾けないとひょっとしてピアノを叩き壊しちゃうんじゃないかな?もしくはひっくり返して表に放り投げちゃうとか?